一致
(G-L 210-1, 285-7, 614, K-S I. pp.20-67)

ラテン語でまず最初のちょっとした難関は一致です.

 根本的な大原則は
1. 動詞は主語に人称と数の点で一致
miles in urbem Romam venit. 兵はローマに訪れた.

 sumあるいはfactus sumなどのコプラの場合(つまり,英語で言えばA is Bのような場合),多少複雑なことが起こります.というのも,主語と述語が同じ格にあって,ややもすると,立場が逆転することがあるからです.しかし,基本的には,述語のほうが弱い立場,つまり一致されるになります.
 ともあれ,コプラの場合の原則は,
2. 述語形容詞は主語と性・数・格で一致
multi milites captivi facti sunt. 多くの兵は捕虜にされた.
mater mortua est. 母は死んだ.

 ただし,見かけ上,一致が起こっていないケースがあります.
2.a. 述語形容詞・代名詞が中性名詞化している場合は一致しない
Varium et mutabile semper femina. (Verg.A.4.569) 女というものは常に変わりやすいもの.
実際上は,次の3の規則に入ります.なお,散文ではこれを避けて,res「物」を使うのが一般的です.
2.b. 述語形容詞・代名詞がものの本質を表すような場合
roges me, quid aut quale sit deus. (Cic.N.D.1.60) 神が何であって,いかなるものか,私に訊くが良い
これは頻繁に,特に哲学的な文章に出て来ます.Quis est deus?の場合は,「その神は誰だ」ということになります.

3. 述語名詞は主語と格で一致.性・数は可能な限り一致.
つまり,主語が男性のMercuriusの場合は,inventor「発明者(男)」を使って,
Mercurius lyrae inventor est. メルクリウスはリュラの発明者である.
となりますが,
Philosophia inventrix legum. 哲学は法律の(女)発明者
と,主語が女性名詞のphilosophiaの場合,女性の発明者を意味するinventrixを使います.この名詞は,実際には人ではないのにもかかわらず,女性の発明者を意味するinventrixが使われることに注意して下さい.

 述語の名詞は,形容詞とは違って,それ自体独自の性・数を持っているので,可能でなければ一致しません.例えば
Romani fuerunt fortissimus populus. ローマ人は最も強い国民であった
これはpopulusが述語名詞となっていますが,これは集合名詞で,複数にすることはできません.

先に述べたように,主語と述語名詞の立場が逆転する場合があります.つまり,主語のほうが述語名詞に一致する場合です.
4. 代名詞が主語(指示・疑問・関係代名詞)となっている場合,性・数は,述語名詞に一致する.
sed haec mea culpa est. しかし,これは私の過誤である.
代名詞は普通の名詞に比べて,弱い立場なので,本来一致される述語のほうの名詞の立場がつよくなり,一致する側になってしまうという現象です.つまり,英語のThis is my book「これは私の本です」は,hoc est liber meusではなく,hic est liber meus.となります.

 動詞のほうですが,これも数を持ち,過去分詞などを使う形の場合は性も持つ(facti suntなど)ので,性・数の一致の対象となります.この場合も,コプラの場合は,主語の名詞と述語名詞の間で,一致の力比べが起こります.基本原則は,
5. 近くの名詞に一致しうる.
Gens universa Veneti appellati sunt. その種族全体がウェネーティー族と呼ばれた.
この場合,近くにあるVenetiが,述語名詞であるにもかかわらず,一致させる側になります.
 さらに,主語が弱い場合は,次のような規則があります.
5.a. 不定詞が主語の場合は,必ず述語名詞に一致.
contentum suis rebus esse maximae sunt divitiae. (Cic.Par. 51) 自分の物に満足して生きることは最大の富だ.

 これも面白い現象ですが,意味のほうに一致が起こる場合です(constructio ad sententiam).
6.集合名詞の場合,意味に一致することがある.
magna pars occisi sunt. 大部分は殺された
この場合は,magna parsの内容のほう,つまり,背後にあるhomines「人々」のほうに一致しています.ただし,キケローなどは同一文章ではこれを避ける傾向があります.


主語が一つでない場合も,様々なマージナルな場合があります.
7. 人称の異なる複数の主語の場合,動詞は複数で,人称は1人称が最優先され,2人称は次に優先される.
Si tu et Tullia valetis, ego et suavissimus Cicero valemus.(Cic.Fam.14.5.1) 君とトゥッリアが元気なら,私と最愛のキケローも元気である.
8.主語が人物で,いくつかある場合,普通,述語の数は複数になる.性が同じ場合は,その性になり,異なる場合は男性になる.
pater et mater mihi mortui sunt. 私の母も父も死んだ

9. 主語が物(または人と物)で,複数ある場合,普通は述語動詞は最も近い主語に一致.
Populi provinciaeque liberatae sunt. 諸民族と諸属州は解放された.
9.a. ただし,まれに,全ての名詞に一致して,述語の数が複数となることもある.性は,もし同一性の場合はその性に一致し,異なる場合は中性複数になる.
iustitiae sunt adiunctae pietas, liberalitas, comitas. 孝信,自由,温厚は,正義と結びついている (全て女性名詞なので,女性複数)

10. 主語が慣用的に一体と見なされるものは単数.
tibi Senatus populusque Romanus dignitatem dedit. お前に元老院とローマ国民全体が権威を与えた.
11. 個別に強調されている場合は単数.
et proavus L. Murenae et avus praetor fuit. (Cic.Mur.15) ムレーナの曾祖父も祖父も法務官であった.
12. 主語+述語+et+主語のように,述語が最初の主語の後に来ている,などの場合,一番近くのものに一致.
Homerus fuit et Hesiodus ante Romam conditam. ホメーロスとヘーシオドスはローマ建国以前にいた.

大体,以上が一致の規則です.この他にも,特に詩などでは例外がありますが,それは上級の範囲に入るでしょう.

 一致の規則などを見ると,どうしてこんな規則が,と思うかもしれませんが,よく観察していると,ラテン語を使っていた人々の頭の中で,どんなことが起こっていたのかということがわかって,色々面白いことがあります.このあたりを味わうことができると,ラテン語の文法の面白みが分ると思いますし,時代や作家などで比較をすると,研究の領域に入ることもできると思います.


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